横浜地方裁判所 平成8年(ワ)1768号 判決 1998年2月18日
原告
松本智恵
右法定代理人親権者父
松本丈雄
右法定代理人親権者母
松本純子
原告
松本丈雄
外一名
原告ら三名訴訟代理人弁護士
小島周一
同
杉本朗
被告
横浜市
右代表者市長
高秀秀信
右訴訟代理人弁護士
金子泰輔
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告は、原告松本智恵(以下「原告智恵」という。)に対し、二一六万二五〇〇円及び内金一六四万二五〇〇円に対する平成六年六月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告松本純子(以下「原告純子」という。)に対し、一二二万四〇六五円及び内金九八万四〇六五円に対する平成六年六月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告は、原告松本丈雄(以下「原告丈雄」という。)に対し、六二万円及び内金五〇万円に対する平成六年六月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、被告の設置・管理に係る小学校に通学していた原告智恵が学校の泊まりがけの体験学習の一環として行われた野外活動(いわゆる「山賊ラリー」)の際に転倒して傷害を受けたことについて、同原告及びその親権者らが、右野外活動の実施に関して学校側に落ち度(過失)があったとして、国家賠償法一条一項(及び民法七〇九条、七一五条)に基づき、被告に対し、原告らの被った損害(付帯請求は、右転倒事故発生の日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金)の支払を求めた事案である。
二 争いのない事実及び証拠等により容易に認められる事実
1 当事者
(一) 原告智恵は、平成六年六月一〇日当時(本件事故時点)、横浜市立高舟台小学校(以下、「本件小学校」という。)四年生であった。原告丈雄は原告智恵の親権者父であり、原告純子は原告智恵の親権者母である。
(二) 被告は、普通地方公共団体であり、本件小学校(本件事故当時の校長は石川一秀)を設置し管理している。
2 本件体験学習
(一) 本件小学校は、在籍する四年生を対象として、平成六年六月九日から一〇日に掛けて、横浜市三ツ沢公園(横浜市神奈川区三ツ沢西町三―一。以下「本件公園」という。)内に設置されている青少年野外活動センター(以下「本件センター」という。)を宿泊場所とする泊まり掛けの体験学習(以下「本件体験学習」という。)を実施した。参加児童数は一〇八名(男子五八名、女子五〇名で、参加予定児童の全員が参加した。)、引率の教諭は石川校長以下九名であり、ほかに社団法人横浜ボランティア協会のボランティア三名が参加した。
本件体験学習の目的は、「集団生活を通して、自主的、自立的な行動をとることができる」、「野外活動や炊飯活動を通して、体験の楽しさを知る」、「友達や先生と楽しく過ごし、よりよい人間関係を創る」というものであり、本件小学校の児童教育の一環として行われたものである。
(二) 本件体験学習の日程は、次のとおりであった。
(1) 第一日目(平成六年六月九日)
午前八時三〇分 登校
五〇分 出発式
九時〇〇分 学校出発(バスで本件公園へ向かう。)
一〇時四〇分 本件公園内の本件センターに到着
五〇分 本件センター建物内で入所式
一一時二〇分 入室・避難訓練
三〇分 室長会議
正午 ホール集合
午後零時一〇分 本件センター近くの公園で昼食
一時二〇分 本件センターに戻り炊事の準備
五〇分 炊事のために集合
二時〇〇分 炊事の説明後炊事開始
五時〇〇分 夕食
三〇分 後片付け
六時三〇分 本件センター内ホールでレクレーション
七時四〇分 リーダー会議
八時〇〇分 入浴
九時三〇分 消灯
(2) 第二日目(同月一〇日)
午前六時〇〇分 起床
三〇分 本件センター近くのさくら山広場で体操
七時〇〇分 朝食
八時〇〇分 本件センター建物内を掃除
四五分 本件センター建物内で山賊ラリーの説明
九時〇〇分 本件センターから出発して山賊ラリー開始
一一時〇〇分 山賊ラリー終了
一〇分 帰る準備の上本件センター内ホールに集合
三〇分 さくら山広場で昼食
午前零時三〇分 本件センター内ホールで退所式
一時〇〇分 本件センター出発
二時三〇分 本件小学校到着
四五分 解散
(三) 本件公園及び本件センターについて
(1) 本件公園は、都市公園法二条の二に基づいて設置された都市公園であり、管理者は被告(部局は緑政局)である。
(2) 本件公園には、陸上競技場、球技場、テニスコート、野球場、バレーコート、トリムコース等の運動施設が設置されている。
(3) 本件センターは、都市公園の管理者以外の者が設ける公園施設として、被告教育委員会が同法五条に基づく許可を受け、「宿泊活動及びスポーツを通じて青少年の健全な育成を図る」ことを目的として設置した公園施設である。
(四) 本件体験学習の二日目の午前九時ころから課外活動の一環として山賊ラリーが行われたが、そのルール等は以下のとおりである。
(1) 山賊ラリーは、「昔、三ツ沢には宝物を持った山賊が住んでいた。その宝物は今でも三ツ沢公園内のどこかに隠されている。ラリーに参加する児童たちはその子孫であり、この宝物を捜し出す。」との想定で行われるゲームである。
(2) このゲームは、参加者が四、五名ずつのグループに分かれ、各グループ毎に、同ラリー実施区域内に隠されているクイズの問題に順次答えていく形式で進められる。そのための問題は本件公園内の一〇か所に事前に隠されている。
(3) 参加する各グループは、ゲーム開始前に本件公園内の略図(ここには、山賊ラリーの実施区域が記載されており、それによると、同区域は別紙図面1のとおりである。)及びクイズの回答用紙を手渡されるが、この略図にはクイズの問題が隠されている地点がそれぞれ星印で記入されている。
(4) 各グループは、実際に略図上に星印が記入された場所(ポイント)へ行き、そこに隠されているクイズの問題を解いていくのであるが、どの場所からどのような順番で問題を解いていっても構わない。
(5) 各グループには、ゲーム開始前に、「さわ金」と称する模造紙幣を与えられる。この「さわ金」は、ゲーム終了までに、以下の要領で増減する。
(6) 山賊ラリー中、山賊のグループ同士が正面から出会った場合、どちらかのグループが「合戦」と声を掛けたときには、グループのメンバーのうちの三名同士で勝ち抜きジャンケンを行う。この場合、ジャンケン開始前に予め掛け金を決めておき、勝者のグループが敗者のグループからその金額の「さわ金」を取得する。なお、一方のグループが他のグループに背後から追いついた場合には、「合戦」はできない。
(7) 山賊ラリーには、山賊のグループの外に、「えちごやさん」と称する商人一名及び「怨霊」一名が参加する。これらの役には、教師又はボランティアが扮する。
(8) 山賊のグループが「えちごやさん」に出会った場合には、予め掛け金及びジャンケンをする人数を取り決めた上でジャンケンを行い、グループ側が勝った場合には掛け金額の「さわ金」を「えちごやさん」から取得する。
(9) 山賊のグループが「怨霊」に出会った場合(なお、右にいう「出会った場合」とは、「捕まった場合」を意味する〔証人柳沢〕)には、グループの中から児童が人質として取られる。この場合、何人とジャンケンをすればよいか、或いは身代金が必要か、必要だとしたら幾らか等の詳細を予め取り決めた上でジャンケンを行い、決められた身代金分の「さわ金」を「怨霊」に渡さなければならない。なお、本件事故当時、右「怨霊」にはボランティアの近藤純康(以下「近藤」という。)が扮していた。
(10) 山賊ラリーの制限時間は六〇分であり、この時間内に全部の問題を解いて集合場所に戻らなければならない。遅刻したグループは、遅刻一分につき「一〇〇さわ」の罰金を徴収される。
(11) グループが全部集合した時点で、各自のクイズの回答を答え合わせして、正解一問につき「二〇〇さわ」が与えられる。
(12) ゲームの優劣は、以上によって最終的にグループが持っている「さわ金」の額の多寡で決定される。
(13) 山賊ラリーは、本件センターの建物から、一旦全員が同センター近くのさくら山広場へ移動したのち、同広場を出発して開始され、集合場所も同広場の予定であった。
3 本件事故の発生
(一) 原告智恵は、山賊グループ「バイキング(原告智恵を含む五名の児童で構成)」の一員として山賊ラリーに参加した。
(二) 山賊ラリー開始間もない平成六年六月一〇日午前九時半ころ、原告智恵のグループ「バイキング」は、本件公園内の時計台付近(管理事務所及びレストランのある建物の南側。別紙図面2の⑤付近。なお、各地点や場所については、特に断らない限り、別紙図面2上の地点等を指すものとする。)にいたところ、本件センターから第一レストハウス方向に歩いていた「怨霊」役の近藤に見つかった(近藤の歩いていた方向について、証人近藤)。近藤は、同グループを見つけると、メンバーに向かって人質を取るべく走って追いかけてきた(証人近藤)ので、原告智恵を含む同メンバーもその場から走って逃げた。
(三) 原告智恵らが走って逃げた方向には、コンクリート製の花壇(縦約七〇センチメートル、横約一四〇センチメートル、高さ約六〇センチメートル。以下「本件花壇」という。別紙図面2の④と⑤のほぼ中間付近。)が、約七〇センチメートルの間隔で並んで設置してあった(甲第18号証)が、その付近を走っていた鳥居瑞穂(以下「鳥居」という。)が転び、この影響で間もなく原告智恵も鳥居と接触して転び、このため原告智恵の右側頭部が本件花壇に当たった(右の事故を「本件事故」という。)。
(四) 本件事故を目撃した近藤は、直ちに原告智恵のもとに行き、「大丈夫?」と声を掛けたところ、同原告は「うん」と答え、間もなく管理事務所西側にある本件センターに連れて行かれたが、同日午前九時四五分ころに嘔吐し、午前一〇時ころ、付き添ってきた写真屋の自動車で横浜市民病院に運ばれた。しかし、同病院でも午前一一時過ぎに嘔吐し、やがて意識が薄れてきた。同病院では、頭蓋骨骨折、脳内出血と診断し、緊急手術を行った。右手術は、四時間に及び、一時は命が危ぶまれたものの、一命をとりとめた。
(五) 原告智恵は、平成六年六月二九日に退院したが、その際の状態は、出血による脳内圧迫のため、動眼神経に麻痺が残り、右瞼はその後長期間閉じられたままであった。また、退院時の医師の説明では、瞼に関しては今後六か月単位で診察する必要があり、将来てんかんの発生も予想されるとのことであった。
その後原告智恵は、同年一〇月三日まで通院加療を受け、動眼神経の麻痺も治って同日治癒と認定されたが、右耳前部から長さ三六ミリメートルの線状瘢痕が頭髪際まで残り、平成七年一二月二五日、日本体育・学校健康センターから後遺障害一四級に認定された。また、頭髪の生えている部分にも、長い明瞭な脱毛瘢痕がある。
三 争点及びこれについての双方の主張
1 本件事故の発生について、本件体験学習の引率教諭らに注意義務違反があったかどうか。
(一) 原告ら
(1) 本件小学校の教諭ら(以下、単に「教諭ら」ともいう。)には、山賊ラリーの実施区域から本件事故現場付近を除くべき注意義務があった。すなわち、山賊ラリーは、その性質上児童らが走ることが想定されているゲームであるから、児童らが「怨霊」から逃げたとしても危険のない場所を選択すべきであったところ、そもそも本件事故現場付近は走り回ることを前提に設計された場所ではなかった上、山賊ラリーの出発場所である本件センター付近は舗装されておらず、前夜の雨によってぬかるんだ泥が児童らの靴について滑り易い状態となっていたのであり、また、本件事故現場付近はタイル張りで滑り易い場所であったのみならず、前夜の雨でタイルが濡れている箇所もあったのであるから、教諭らは、滑り易くなっている本件事故現場付近を山賊ラリーの実施区域から除くべきであった。しかるに、教諭らは、転倒すれば重大な事故に繋がりかねないような本件事故現場付近に見張り等を何ら配置することなく同箇所をも含めて漫然と山賊ラリーを実施したため、本件事故が発生した。
(2) また、仮に、本件事故現場付近を実施区域から除かないのであれば、「怨霊」役に対し、滑り易くなっている本件事故現場付近では児童らを追いかけないようにとの注意を十分周知・徹底させるべき注意義務があった。ところが、教諭らは、安全確保のための打ち合わせも十分行わず、このような指示を「怨霊」役に何ら行わなかったため、「怨霊」役の近藤は本件事故現場付近で児童らを追いかけ、このため本件事故が発生した。
(3) 教諭らの右(1)、(2)の注意義務違反の結果、本件事故が発生したのであるから、被告は、国家賠償法一条一項(及び民法七〇九条、七一五条)に基づき、原告らが被った後記損害を賠償する義務がある。
(二) 被告
(1) 本件事故現場は、山賊ラリーの実施場所としては何ら危険のある所ではなかった。すなわち、本件事故現場は、レストハウスの南側から東側にかけての平坦な場所であり、表面は陶板タイルにより舗装されており、当時右タイル舗装部分に水たまり等はなく表面は乾燥していた。また、山賊ラリー実施区域の中には、一部非舗装の箇所もあったが、開始時点ではほとんどの場所で地表が乾いていたのであるから、児童らの靴に泥が付着することはほとんど考えられない。
(2) 教諭らとボランティアとは、本件体験学習の数日前及び実施直前にそれぞれ事前の打合せを行い、安全に関する注意義務の確認を行っている。また、近藤が本件事故現場付近で採った行動に本件事故を惹起するような危険性はなく、同人が児童らを追いかけた行為と原告智恵の転倒との間に直接的な因果関係はないというべきである。教諭らとしては、山賊ラリーについて児童らが転倒することを完全に防止することは不可能である。
2 損害
(原告ら)
(一) 原告智恵の損害
(1) 治療費 一六万一四六四円
(2) 入通院慰謝料 一〇一万円
(3) 入院雑費 二万八〇〇〇円
(4) 入院等付添い費用
一四万四五〇〇円
(5) 後遺障害慰謝料 一一四万円
(6) 弁護士費用 五二万円
(7) 損害の一部支払
八四万一四六四円
(8) 本件請求額((1)ないし(6)を合わせた金額から(7)を控除した残額)
二一六万二五〇〇円
(二) 原告純子の損害
(1) 休業損害 四八万四〇六五円
(2) 慰謝料 五〇万円
(3) 弁護士費用 二四万円
(4) 本件請求額((1)ないし(3)の合計額) 一二二万四〇六五円
(三) 原告丈雄の損害
(1) 慰謝料 五〇万円
(2) 弁護士費用 一二万円
(3) 本件請求額((1)と(2)を合わせた額) 六二万円
第三 争点についての判断
一 争点1(教諭らの過失の有無)について
1 証拠(甲第13号証、乙第2号証、第8ないし12号証、証人柳沢、同松本、同近藤、原告純子)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件体験学習の第一日目の午後三時ころから雨が降り始め、その後一時雷が鳴る程の本降りとなった。しかし、午後四時ころには小降りとなり、午後八時ころには雨はあがった。
午後一〇時ころ、引率教諭全員とボランティア三名とで打合せを行い、二日目の朝のさくら山広場での体操と山賊ラリーを予定どおり実施するかどうか(山賊ラリーが実施出来ない場合は、紙紐を使っての駒遊びに変更する予定であった。)について検討し、翌朝の天候状況を見た上でこれらについて決定することとなった。
(二) 二日目は、朝から晴れであって(ただし、一時曇った時間もあった。)、午前五時ころ、引率教諭の一人である柳沢里美は、山賊ラリー実施予定地とされている本件公園内の状況を調べるため、宿泊場所である本件センターからさくら山広場周辺やその近くにある池の周辺に出掛けたところ、さくら山広場は地表が砂利であることから水はけが良かったため既に地表は乾いており、また、池の周辺は、直径約五〇センチメートル程の水溜まりが二、三箇所あった以外には、殆ど地表は乾いていた。同教諭は右の状況を石川校長に報告し、体操は予定どおり午前六時三〇分からさくら山広場で行われた。
午前八時ころ同教諭は、再び同広場や陸上競技場外周道路及びレストハウス前等を見回ったところ、非舗装部分がほとんど乾いていたので、このことを石川校長に報告し、この報告等に基づいて山賊ラリーは予定どおり実施されることとなった。なお、公園内は、非舗装部分が多く、一部舗装されていたが、本件事故現場付近は陶板タイルの地表であった。
(三) 午前八時四五分ころ児童全員を同広場に集合させ、北林教諭から、山賊ラリーのルールの概要説明があり、続いて柳沢教諭から、「池の周辺に少し水溜まりがあるから気をつけるように」等との注意があったのち、予定どおり午前九時、山賊ラリーは開始された(なお、児童らに予め手渡されていた「体験学習のしおり」にも、山賊ラリーについて、「くれぐれも事故・けがのないように」との記載があった。)。そして、二日目に引き続き残っていた教諭ら六名のうち、本部に残った石川校長と養護教諭を除いた四名の教諭は、山賊ラリーの開始後、実施区域を巡回しながら児童らの様子を観察するなどしていた。
(四) ボランティアに対する説明や注意は、本件体験学習の前である平成六年六月三日ころ行われたが、一部のボランティアは都合によりその打合せには参加していなかった。また、右のほか、本件体験学習の前夜に教諭がボランティアと打合せをして山賊ラリーについての注意や指示事項が示された。
(五) なお、本件体験学習は、本件小学校では数年前から例年のように実施されていたが、本件事故を契機に実施内容についての見直しが行われた。それによると、児童らを追いかける役の「怨霊」が廃止され、代わって、危険と思われる箇所に立つ役の「おじぞうさん」、公園内を巡回する役の「お役人」があらたに登場し、児童らに対しては、ラリー中は走らないことが注意事項とされた。
2 原告らは、本件事故現場付近は滑り易い場所であったから、山賊ラリーの実施区域から除くべきであった旨主張する。
(一) 山賊ラリーは、先にみたそのルール等からすると、「怨霊」に捕まらないよう児童らが走って逃げることがある程度想定されているゲームであるから、実施区域内からは、走って逃げる等の行動によって児童らが転倒する等して怪我を負う危険のある区域は除かれていることが望ましい、ということはできる。もっとも、ゲームの性質や参加児童らが小学校四年生であることを考慮すると、児童らがどのような箇所でどのように走り出すかを予め想定することはほとんど不可能であり、ゲームの最中に児童らが走って転倒する可能性はあらゆる場面で生じることであって、それらの危険性を現実にどこまで防止できるかは極めて疑問であることに加え、山賊ラリーは、走ることが想定されているとはいうものの、それが中心となっているわけではなく、先にみたように、謎解きや「さわ金」の取得の多寡を競うことなどが中心となったゲームであることをも考慮すると、予定された山賊ラリーの実施区域内に、走ることによって転倒等の危険の生じる可能性のある区域が含まれていたとしても、その危険性の程度、右の区域が実施区域全体に占める割合、当該区域を他の実施区域から物理的にも明確に除外することの困難さの程度(仮に、一部の区域を除外したとしても、その除外区域を明確にし物理的にも容易に児童らが侵入出来ないようにしておくのでなければ、除外した意味が失われかねない。)等を総合考慮した上で、当該区域を実施範囲から除外すべきかどうかを判断すべきであり、多少でも転倒等の危険性のある区域であれば当然に実施範囲から除外されるべきである、とまでいうべきではない。
(二) これを本件についてみるに、そもそも本件事故現場が滑り易い危険な箇所であったかは定かでない。前日午後八時ころまで、一時的な激しい雨を含む相当な量の雨が降ったことからすると、当日、公園内に一部前日の雨の影響が残っていたと推認することは難くなく、現に、池の周辺には幾つかの水溜まりがあったことは前記のとおりである。しかし、本件事故現場は、地表が陶板タイルに覆われていたところ、タイルの持つ性質から、公園内の他の場所より、多少滑り易い状況にあった可能性があるとはいえ、特に滑り易かったと断定できるに足りる的確な証拠はない上、事故当時同部分が雨で濡れていたことを認めるに足りる証拠もない。前記のとおり、本件体験学習の二日目は早朝から晴れていたのであって、柳沢教諭は、山賊ラリーが実施可能かどうかを検討するため、公園内の雨の残り具合等を見て歩いた結果、池の周辺に一部水溜まりがある以外には実施するに当たって取り立てて不相当と思われる箇所を見い出さなかったこと等からすると、本件事故現場が滑り易く危険な箇所であったとまでは認め難いところである。もっとも、本件公園には非舗装部分もあったのであるから、前日の雨により地表がぬかるんでいて児童らの靴に泥が多少付着し易い状況にあった可能性は否定できないが、そのために本件事故現場付近のみを実施区域から除かなければならない程の必要性及び危険性があったとまでは認め難い。また、本件事故現場付近は、山賊ラリーの出発地点からほど近い場所であり、児童らの宿泊所となった本件センター及びレストハウスの近くでもあることからすると、本件事故現場付近のみを物理的に隔離する状態で実施区域から除外することは容易なこととは解されない。したがって、いずれにしても、本件事故現場付近を実施区域から除外すべきであったとまでは未だ認められないというべきである。
(三) なお、本件事故が、本件事故現場が滑り易い場所であったために発生したものかも必ずしも明らかではない。すなわち、前記のとおり、本件事故は、原告智恵が、「怨霊」役の近藤に捕まらないように同原告と共に逃げ出して転倒しかかった鳥居と接触した結果、転倒して本件花壇に頭部を衝突させたというものであり、原告智恵が転倒するに至った詳細な経緯は明らかではなく、前記認定に係る事実のみからでは、その原因が本件事故現場が滑り易いためであったとまで断定できるとはいい難い。
(四) 以上によれば、教諭らに原告ら主張のような過失があったとは認められないというほかはない。
3 原告らはまた、仮に、本件事故現場付近を実施区域から除かないのであれば、「怨霊」役に対し、滑り易くなっている本件事故現場付近では児童らを追いかけないようにとの注意を十分周知・徹底させるべき注意義務があったのに、教諭らは、安全確保のための打ち合わせも十分行わず、このような指示を「怨霊」役に何ら行わなかったため、「怨霊」役の近藤は本件事故現場付近で児童らを追いかけ、このため本件事故が発生した旨主張する。
しかしながら、右の主張は、本件事故現場付近が滑り易い場所であったことを前提とするものであるところ、同現場が滑り易い場所であったか定かでないことは先にみたとおりであり、また、前記のとおり、事前に近藤らのボランティアは教諭らとの間でゲームについての打合せを行っているのであって、安全確保のための事前の打合せがなかったともいい難い。のみならず、たとえ原告ら主張のような注意があったとしても、ゲームの性質からすると、そもそも「怨霊」が滑り易い場所か否かを判断しながら追いかけるかどうかを判断することは、相当に困難なことというべきであり、「怨霊」の注意とは関係なく児童らが走り出してしまう可能性は依然として残るところである。したがって、いずれにしても原告らの右主張もまた採用できない。
二 結論
以上によれば、原告らの請求は、その余について判断するまでもなくいずれも理由がない。よって、主文のとおり判決する。
(裁判官鈴木敏之)
別紙図面<省略>